タロウは、介護施設向けの業務支援サービスを展開する会社のCEOだ。
売上は100億円。全国の施設で使われている。
スタッフの配置、利用者の状態管理、請求処理、稼働分析。
現場で時間と人手がかかっていた仕事を、このサービスが引き受ける。
導入した施設では、残業が減り、ミスが減る。
現場の負担は確実に軽くなる。
朝、オフィスに入ると、すでにいくつかの報告が届いていた。
開発部門からは、来週リリース予定の新機能に関する最終確認。
カスタマーサービスからは、夜間に入った問い合わせの対応結果。
マーケティング部門からは、昨日の広告施策と流入の分析。
タロウはコーヒーを置き、順に目を通していく。
どれも端的で、無駄がない。
開発から声が入る。
「タロウさん、新ダッシュボードの件、最終確認をお願いします」
タロウは画面を見ながら答える。
「内容を簡単に」
少し間を置いて、説明が続く。
「各施設のスタッフの勤務履歴と、利用者の状態データをもとに、
“この時間帯に、誰を、どこに配置すべきか”を提案する仕組みです」
「例えば、夜間帯で転倒リスクの高い利用者が集中している場合、
通常より1名多く配置する、あるいは日中の配置を調整して夜間に回す、といった案を出します」
タロウは短く返す。
「現場の判断を置き換えるのか?」
「いえ、あくまで提案です。ただ、精度としてはかなり高く、
実際には提案どおりに運用されるケースが多くなる想定です」
そのやり取りを横で聞いていたケンが、口を挟んだ。
ケンは営業を統括している。
このサービスを現場に導入するかどうか、最終的な意思決定に立ち会う立場だった。
「……これ、営業としては説明が難しくなりそうですね」
タロウは視線を動かさない。
「なぜだ?」
ケンは少しだけ間を置いた。
「この機能って、要するに――
“これまで現場の責任者が考えて決めていた人員配置を、システムが代わりに決めます”って話じゃないですか」
タロウは何も言わない。
ケンは続ける。
「現場のリーダーって、自分の経験とか勘で、
“今日はこの配置でいこう”って決めてるんですよ」
ケンは少しだけ笑った。
「そこにシステムで“この配置が最適です”って出されると――
“じゃあ自分はいらないですよね”って、受け取る人もいます」
タロウは短く言う。
「提案は正しい」
「はい。ただ……」
ケンは言葉を選ぶ。
「“あなたの判断はもう必要ありません”っていう提案を、
その本人に説明しないといけないのが、営業なんですよ」
一瞬、沈黙が流れた。
タロウは淡々と言う。
「導入後の数値は改善する」
「……はい」
「なら問題ない」
サービス部門から報告が入る。
「昨夜の問い合わせですが、すべて対応済みです。クレームも解消しています」
「内容は?」
「操作に関する問い合わせが中心です。UIの改善で対応可能です」
「対応時期は?」
「すでに反映済みです」
続いてマーケティング部門からも連絡が入った。
「昨日の広告施策ですが、新規問い合わせが想定よりも増えています」
「要因は?」
「地方の中規模施設からの流入です。人手不足の影響が大きいと見ています」
「次は?」
「同じセグメントに対して配信を強化します」
「進めてくれ」
ケンがぽつりと言った。
「開発も、サポートも、マーケも……ずっと休むことなく働いていますね」
タロウは特に何も言わなかった。
夕方、企画部門から進捗についての報告が入った。
「本日の進捗ですが、リリース関連のタスクはすべて予定どおり完了しています。
明日の確認項目も整理済みです」
「問題は?」
「ありません。あわせて、既存顧客の満足度も引き続き高水準を維持しています。
新規導入も順調に増えています」
「そのまま進めてくれ」
「了解です」
各部門は忙しく働き続けている。
開発も、カスタマーサービスも、マーケティングも。
それでもフロアは静まり返っていた。
キーボードの音も、電話の声も聞こえない。
それでも、仕事は進み続けている。
休むことなく。
迷うこともなく。
ミスもなく。
「……前は、もっと賑やかでしたよね」
ケンがぽつりと言った。
タロウは振り返らない。
「そうか?」
「はい。サポートも、開発も、人がいて」
「リリース前になると、みんな遅くまで残って、
どこかピリピリしてて」
ケンは少しだけ笑った。
「今思うと、無駄も多かったですけど」
タロウは何も言わなかった。
この会社にいる人間は、2人だけだ。
CEOのタロウと、営業のケン。
それ以外は、チャットの向こうで、AIエージェントたちが
休むことなく、働き続けている。


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