2034年 未来予測|小説「会社のカタチ」

ビジネス

タロウは、介護施設向けの業務支援サービスを展開する会社のCEOだ。
売上は100億円。全国の施設で使われている。

スタッフの配置、利用者の状態管理、請求処理、稼働分析。
現場で時間と人手がかかっていた仕事を、このサービスが引き受ける。

導入した施設では、残業が減り、ミスが減る。
現場の負担は確実に軽くなる。


朝、オフィスに入ると、すでにいくつかの報告が届いていた。

開発部門からは、来週リリース予定の新機能に関する最終確認。
カスタマーサービスからは、夜間に入った問い合わせの対応結果。
マーケティング部門からは、昨日の広告施策と流入の分析。

タロウはコーヒーを置き、順に目を通していく。

どれも端的で、無駄がない。


開発から声が入る。

「タロウさん、新ダッシュボードの件、最終確認をお願いします」

タロウは画面を見ながら答える。

「内容を簡単に」

少し間を置いて、説明が続く。

「各施設のスタッフの勤務履歴と、利用者の状態データをもとに、
“この時間帯に、誰を、どこに配置すべきか”を提案する仕組みです」

「例えば、夜間帯で転倒リスクの高い利用者が集中している場合、
通常より1名多く配置する、あるいは日中の配置を調整して夜間に回す、といった案を出します」

タロウは短く返す。

「現場の判断を置き換えるのか?」

「いえ、あくまで提案です。ただ、精度としてはかなり高く、
実際には提案どおりに運用されるケースが多くなる想定です」


そのやり取りを横で聞いていたケンが、口を挟んだ。

ケンは営業を統括している。
このサービスを現場に導入するかどうか、最終的な意思決定に立ち会う立場だった。

「……これ、営業としては説明が難しくなりそうですね」

タロウは視線を動かさない。

「なぜだ?」

ケンは少しだけ間を置いた。

「この機能って、要するに――
“これまで現場の責任者が考えて決めていた人員配置を、システムが代わりに決めます”って話じゃないですか」

タロウは何も言わない。

ケンは続ける。

「現場のリーダーって、自分の経験とか勘で、
“今日はこの配置でいこう”って決めてるんですよ」

ケンは少しだけ笑った。

「そこにシステムで“この配置が最適です”って出されると――
“じゃあ自分はいらないですよね”って、受け取る人もいます」


タロウは短く言う。

「提案は正しい」

「はい。ただ……」

ケンは言葉を選ぶ。

「“あなたの判断はもう必要ありません”っていう提案を、
その本人に説明しないといけないのが、営業なんですよ」


一瞬、沈黙が流れた。


タロウは淡々と言う。

「導入後の数値は改善する」

「……はい」

「なら問題ない」


サービス部門から報告が入る。

「昨夜の問い合わせですが、すべて対応済みです。クレームも解消しています」

「内容は?」

「操作に関する問い合わせが中心です。UIの改善で対応可能です」

「対応時期は?」

「すでに反映済みです」


続いてマーケティング部門からも連絡が入った。

「昨日の広告施策ですが、新規問い合わせが想定よりも増えています」

「要因は?」

「地方の中規模施設からの流入です。人手不足の影響が大きいと見ています」

「次は?」

「同じセグメントに対して配信を強化します」

「進めてくれ」


ケンがぽつりと言った。

「開発も、サポートも、マーケも……ずっと休むことなく働いていますね」

タロウは特に何も言わなかった。


夕方、企画部門から進捗についての報告が入った。

「本日の進捗ですが、リリース関連のタスクはすべて予定どおり完了しています。
明日の確認項目も整理済みです」

「問題は?」

「ありません。あわせて、既存顧客の満足度も引き続き高水準を維持しています。
新規導入も順調に増えています」

「そのまま進めてくれ」

「了解です」


各部門は忙しく働き続けている。

開発も、カスタマーサービスも、マーケティングも。

それでもフロアは静まり返っていた。

キーボードの音も、電話の声も聞こえない。


それでも、仕事は進み続けている。

休むことなく。
迷うこともなく。
ミスもなく。


「……前は、もっと賑やかでしたよね」

ケンがぽつりと言った。

タロウは振り返らない。

「そうか?」

「はい。サポートも、開発も、人がいて」

「リリース前になると、みんな遅くまで残って、
どこかピリピリしてて」

ケンは少しだけ笑った。

「今思うと、無駄も多かったですけど」


タロウは何も言わなかった。


この会社にいる人間は、2人だけだ。

CEOのタロウと、営業のケン。

それ以外は、チャットの向こうで、AIエージェントたちが
休むことなく、働き続けている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました